ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』と「ラーハム=子宮から広がる思いやり」

 

主よ、あなたの憐れみは豊かです。(詩編119:156)

「慈しみ」や「憐れみ」を表す言葉で良く聞くのは「ヘセド」という言葉だが、156節の「主よ、あなたの憐れみは豊かです」の「憐れみ」は、「ラーハム」というヘブライ語で、辞書には「胎児をかわいがるように子宮から広がる思いやり」と記されているそうだ。

神が三位一体の神であれば、母性的な質が神の中にあっても何ら不思議でないどころか、あって当然だろうとさえ思ってきたのだが、元々の言葉にこういった説明がなされているものがあると知って、ますます面白いと思った。

ダニエル書の「憐れみと赦しは主である神のもの」(9:9)の「憐れみ」と訳された言葉も、この「ラーハム」のようだ。

 

彼女の産着の匂いのせいで彼の内に秘められていた母性本能が目覚めた。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』)

 ここで言われている「彼」とは、フロレンティーノ・アリーサのことである。男性である。そしてこの物語の主人公である。