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ヘム代謝系関連酵素の構造生物学的研究(リンクによるメモ)

ヘム代謝系関連酵素の構造生物学的研究

          杉島 正一(久留米大学医学部) 発行日:2016年4月25日

1,はじめに

ヘムは中心金属として鉄を持つポルフィリン錯体で,酸化還元によって鉄が二価と三価を行き来する性質や二価鉄に酸素分子が結合する性質を利用することによって,電子伝達,酸素の運搬,酵素の活性中心として用いられる補欠分子族である.特に酸素呼吸を行うために必須な呼吸鎖を構成するシトクロム類はヘムタンパク質であり,ヘムは酸素呼吸を行うすべての生物の生命維持に欠かすことのできない分子である.しかし,その有用性はタンパク質に結合している場合に限られ,ヘムタンパク質の新陳代謝などによって生じた遊離のヘムは,酸素分子と化学反応を起こすことで活性酸素種を生じる有害な分子(プロオキシダント)である.したがって,遊離のヘムは速やかに分解される必要がある.この役割を担っているのが,ヘム代謝系である.

哺乳類において,ヘムを最も多量に含んでいるのは赤血球である.赤血球は120日周期の新陳代謝サイクルを持ち,老化した赤血球から生じる多量のヘモグロビンを速やかに分解する必要がある.老化赤血球は細網内皮系によって分解を受ける.このときに生じる遊離ヘムはヘムオキシゲナーゼ(heme oxygenase:HO)によって,ビリベルジン,二価鉄,一酸化炭素へと分解される(図1)1–3).二価鉄はトランスフェリンによる輸送やフェリチンによる貯蔵を経たのちに,最終的には骨髄でのヘムの合成などに再利用される.この経路によって供給される鉄は,1日に必要とされる鉄の90%以上を占めており,鉄の恒常性維持に非常に重要である.ビリベルジンはニコチンアミドアデニンジヌクレオチド/ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADH/NADPH)依存的なビリベルジン還元酵素によって,ビリルビンへと還元される(図1)4).ビリルビンは不溶性であるので,グルクロン酸抱合を受けて,可溶化され,胆汁中に排泄される.ビリルビン代謝に関する遺伝病(ジルベール症候群など)はいくつか報告されており,過剰なビリルビンの蓄積は黄疸となって現れる.ただし,生理的な濃度でのビリルビンはα-トコフェロールと同様に脂溶性の抗酸化剤として機能すると示唆されている5).この代謝経路はプロオキシダントであるヘムを分解し,抗酸化剤であるビリルビンを生成することや,HOの誘導型アイソザイムであるHO-1が,酸化ストレスや親電子性物質によってKeap1-Nrf2システムを介した発現誘導6)を受けることから,酸化ストレスに対する防御機構としても機能していると考えられている.一酸化炭素は一酸化窒素と同様にシグナル伝達分子として機能することが示唆されている.一酸化炭素の関与するシグナル伝達系としては,NF-κBを介した炎症や細胞増殖や分化7),シスタチオニンβ-シンターゼを介した血管拡張や収縮8, 9),NPAS2を介した体内時計10)などが示唆されている.

(略)

哺乳類のHOはC末端側で小胞体膜に結合した膜タンパク質であり,小胞体膜にN末端側で結合したNADPH-シトクロムP450還元酵素(cytochrome P450 reductase:CPR)からの還元力を利用して,ヘムを分解する2, 3).この反応ではヘムはHOに基質として結合したのちに,還元力を受け取って,ヘム鉄に結合した酸素分子をヒドロペルオキシド(OOH−)へと活性化する.ヒドロペルオキシドはヘムポルフィリン環のα-メソ位を部位特異的に攻撃し,α-ヒドロキシヘムを生じる.すなわち,この過程において,ヘムは基質であると同時に補酵素としても機能している.HO反応の特徴は部位特異的ということであり,非酵素的反応では,ポルフィリンのすべてのメソ位のいずれかが切断される.α-ヒドロキシヘムはさらに酸化され,ベルドヘムへと変換される.この過程で,α-メソ位の炭素原子は一酸化炭素として放出される.その後,ポルフィリン環が切断され,ビリベルジン–鉄錯体となり,三価の鉄が二価に還元され,鉄の溶解度が上昇すると鉄が遊離し,ビリベルジンもHOから遊離する(図2a).

(略)

HO-1の立体構造として最初に決定されたものは,Poulosらのグループによるヒト由来HO-1の酸化型ヘム複合体である21).この立体構造は膜結合部分を切除したものであり,筆者らもその立体構造を使って,膜結合部分を切除したラット由来HO-1のヘム複合体の立体構造を決定した(図2b)16).現在までさまざまな反応状態の哺乳類HOの立体構造が明らかとなっているが,すべて膜結合部分を除いたものである(哺乳類以外のHOは膜タンパク質ではない).ラット由来HO-1とヒト由来HO-1の相同性は80%以上で,ほとんど立体構造に違いはなかったが,ヘム結合部位で違いがみられた.ヘムは近位側へリックス(ヘム鉄に配位結合しているヒスチジン残基を含む)と遠位側ヘリックスにはさまれて結合しているが,その遠位側ヘリックスの構造に違いがみられた.この違いは,後述するヘムがビリベルジン–鉄錯体へと分解されていく過程でみられた変化と同様で,遠位側へリックスの構造柔軟性を示していると考えている.さらに酸化型ヘム複合体ではヘム鉄の遠位側に水または水酸化物イオンが配位し,還元型ヘム複合体では遠位側の配位子がない(図2c).これらの違いにも関わらず,ラット由来HO-1の立体構造を比較する限りにおいては,遠位側へリックスや近位側へリックスの構造変化はみられなかった.

1)部位特異的な水酸化反応(ヘム→α-ヒドロキシヘム)

ヘムの結合方向は反応の部位特異性を規定する上で,重要である.ヘムには疎水的なポルフィリン環部位とγ-メソ位の方向に負の電荷を持つプロピオン酸側鎖がある.HOのヘム結合部位を観察すると,プロピオン酸側鎖はリシンやアルギニンとの塩橋やチロシンとの水素結合によって,安定化されており,ポルフィリン環側には疎水的な残基が多い(図2c).これらの特徴によって,ヘムの結合方向が規定されていると考えられた.実際に,これらのリシンやアルギニンの変異体では反応の部位特異性が変化することが確かめられた22).また,緑膿菌由来HOは哺乳類のHOとは反応の部位特異性が異なるが,プロピオン酸側鎖と相互作用していたリシンやアルギニンは保存されていない23).反応の部位特異性を規定するもう一つの構造的因子は,ヘム鉄に結合した酸素分子の結合方向である.HOの一段階目の反応では,酸素分子が活性化されたヒドロペルオキシドが求電子的にヘムのα-メソ炭素を攻撃する24).したがって,酸素分子はα-メソ炭素の方向を向いていると予想される.この点を明らかにするために,筆者らはヒドロペルオキシドと同様に酸化型ヘムに結合するアジド(N3−)をアナログとして,その結合方向をX線結晶構造解析で明らかにした25).その結果,アジドは予想どおりα-メソ炭素の方向を向いて結合していた(図2d).その原因は,①遠位側へリックスがヘムに非常に近く,他の方向を向くためには立体的障害が生じる.②αメソ炭素方向には複数の水分子から形成される水素結合ネットワークがあり,それらの水分子と水素結合することによって,α-メソ炭素の方向を向いたほうが安定化されるの二点によると考えられた.

(略)

上記の水素結合ネットワークは,酸素分子を活性化してヒドロペルオキシドへと転換する機構にも関与する.この水素結合ネットワークの末端にはAsp140があり,Asp140の変異体では活性が失われ27),水素結合ネットワークが不安定化することがわかっている28).酸素分子をヒドロペルオキシドにするためには,水素イオンを供給する必要があるが,その供給路としてこの水素結合ネットワークが機能しているのではないかと考えられている(図3b).現在では,これらの立体構造をもとにして,エルサレムヘブライ大学のSason Shaikや九州大学の吉澤一成らによって量子化学計算を使った研究が展開されており,上記の水素結合ネットワークの関与する反応機構の詳細が議論されている29, 30).

2)ポルフィリン環の切断(ベルドヘム→ビリベルジン–鉄錯体)とヘムポケットの構造変化

α-ヒドロキシヘムからベルドヘムへと至る過程では一酸化炭素が放出される.この反応過程における酸素と還元当量の必要性については,いまだに議論の分かれるところである31–34).α-ヒドロキシヘムもベルドヘムも酸素に対して不安定な分子であり,実験が非常にやりにくいためである.ただ筆者らは,この過程に関してはHOの関与は少なく,化学反応に近いと推定している35).

(略)筆者らは,ヘムとアスコルビン酸を反応させ,4種のアイソマーをHPLCで分画する方法でベルドヘムを調製し40),嫌気的にベルドヘム複合体を調製,結晶化した.この方法で得られた結晶構造には第6配位子や水素結合ネットワークがみられ,ほぼヘム複合体と同様の立体構造であった.

次の段階でベルドヘムのポルフィリン環は切断され,ビリベルジン–鉄錯体となる.筆者らはビリベルジン–鉄錯体複合体結晶を,ヘム複合体結晶にアスコルビン酸を加えて,結晶中で酵素反応を行わせることにより調製した(図4a)20).ベルドヘム→ビリベルジン–鉄錯体の過程では,おそらくヘム→α-ヒドロキシヘムと同様にベルドヘム鉄に酸素が結合し,そこに電子が供給されることによって,酸素分子がヒドロペルオキシドへと活性化され,反応が進行すると考えられる41).(略)ビリベルジン–鉄錯体中の鉄原子が還元され二価となり,溶解度が向上すれば,鉄原子はビリベルジンから解離する.この際先述の構造変化によって,ヘムポケットがすでに広がっているので,ビリベルジンも容易に解離すると予想される.
我々はHO-1単体のX線結晶構造も決定しており,そのX線結晶構造中では,近位側へリックスが揺らぎによって,構造決定できない状態であった15).サントリー生物有機科学研究所の菅瀬謙治(現:京都大学)らとの共同研究によるラットHO-1を使ったNMRによる揺らぎの解析からは,HO-1単体でも近位側へリックスのへリックス構造は維持されているが,ヘムポケット周辺(遠位側へリックスと近位側へリックス)とそこから遠く離れたCDループに揺らぎがみられ,この揺らぎはヘムのアナログである亜鉛ポルフィリン錯体を結合させると消失するという結果が得られた(図5)42, 43).すなわち,HO-1単体ではヘムポケットはopenとcloseの間で揺らいでいる状態にあり,ヘムが結合するとcloseへ,反応がビリベルジン–鉄錯体複合体まで至るとopenとなる.さらに,ビリベルジンが解離すると,また揺らいだ状態になるという基質の結合解離と酵素の揺らぎの関係性が描けた.

なお,これらの揺らいでいる箇所(ヘムポケットとCDループ)は,後に示すCPRの結合部位とよく一致する44).CPRとHO-1の相互作用解析結果は,HO-1単体ではCPRと相互作用できないことを示しており,これはHO-1単体での揺らぎに関係すると考えられる.すなわち,この構造揺らぎは単純に誘導適合的な酵素と基質の認識というだけではなくて,CPRとの相互作用も制御する玄妙な機構といえる.

(略)

4. CPRからHOへの電子移動機構
HOは酵素反応を完了するために7個の電子を必要とする.これらの電子を哺乳類のHOはCPRから,植物などの光合成生物のHOはフェレドキシンから受け取る.これら以外の細菌由来HOがどの分子から電子を受け取るのかは不明である.CPRはフラビンモノヌクレオチド(FMN)フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を1分子ずつ補酵素として結合した膜結合型フラビン酵素であり,フェレドキシンは鉄硫黄クラスタ補酵素とする可溶性タンパク質である.

CPRはNADPHFADFMN→還元相手(ヘム)へと電子を供給する.CPRの立体構造は1990年代にウィスコンシン医科大学のJung-Ja Kimらによって,ラット由来CPRの構造が報告されている52).この立体構造中でNADPH, FAD, FMNは互いに近接しており,CPR内で電子移動を行うためには非常に都合のよい立体構造であった.しかし,FMNがCPR内部に埋もれているため,HOやシトクロムP450に電子移動を行う場合には,都合の悪い立体構造と考えられていた.実際に,変異CPRとシトクロムP450を使った相互作用解析結果から得られた両者の相互作用に関与するアミノ酸残基とCPRの立体構造はつじつまが合わないものであった53).この結果はHOやシトクロムP450とCPRが相互作用する場合には,CPRに大きな構造変化が生じることを示唆するものであった.

(略)

哺乳類のビリベルジン還元酵素については,理化学研究所の城宜嗣と山形大学の吉田匡らの研究グループやロチェスター大学のMahin Mainesらによって,ビリベルジン還元酵素単体やNAD, NADPが結合した状態の結晶構造が報告されている72, 73).しかし,ビリベルジンが結合した状態の結晶構造は報告されておらず,ビリベルジンの結合位置や反応に関与する触媒残基などは推定されているのみである.筆者らはSynechocystis sp. PCC6803由来ビリベルジン還元酵素ホモログの結晶化に成功している74).現在,ビリベルジンとNADPが結合した状態の結晶も得られており,その立体構造から,ビリベルジン還元酵素の還元反応に関する構造基盤が得られることを期待している.(抜粋)

https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2016.880171/data/index.html

 

 

アナログの「類似・相似」という本来の意味から、あるホルモンと同等の働きをする物質や、ある医薬品と類似した医薬品のこともアナログと呼ぶことがある。→アゴニスト参照https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%AD%E3%82%B0