風の匂いの中に

『我らは神の中に生き、動き、存在する』(使徒言行録17:28)

コレラの時代の愛 の検索結果:

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』と「あなたは…わたしのために体を備えてくださいました」(ヘブライ人への手紙10:5)

…ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』より) 『コレラの時代の愛』は、ジェレミア・ド・サン・タムールの検死の場面から始まる。 罪の世界にあって、私達は生まれてきても、老いていかなければならず、終いには死なねばならない。 「六十になったら、どんなことがあっても自分の命を絶つつもりだ」と周到に計画を立ててきたジェレミア・ド・サン・タムールの死に遭って、フベナル・ウルビーノは、自身の中にもある自死への誘惑に気づくのである。 私はここで葛原妙子の短歌を思い浮かべる。 かすかなる灰色を…

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』から「愛はいつ、どこにあっても愛であり、・・」

…ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』より) 若い頃、フェルミーナ・ダーサは父親によってフロレンティーノ・アリーサと引き離されたのだが、フェルミーナ自身がフロレンティーノに興醒めしたという側面も持っていた。 振り返ると、すぐ目の前に氷のような眼、蒼白の顔、恐怖で引きつった唇が見えた。深夜ミサの人ごみの中ではじめてそばで彼を見たときと変わっていなかったが、あのときと違って心の震えるような愛情ではなく、底知れない失望を感じた。(ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』より) ある種…

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』と「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った」(ヨハネ福音書1:14)

…ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』より) 上に引用したのは、フェルミーナ・ダーサと船出するために捨てた少女が自殺したという知らせを受けた後、フロレンティーノ・アリーサが少女を思って泣く場面である。 肉体を持ってこの世に生きるということは、別々の場所で同時に二人の人とは居られないということであり、どんなに愛していてもどちらかを選んで、片方を捨てなければならないということを物語っている。 そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。(ヨハネによる福音書1:14 口語訳聖書…

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』とビクーニャ(ラクダ科)

…ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』) ビクーニャはラクダ科の生き物のようである。しかし『コレラの時代の愛』に出て来る「アメリカ・ビクーニャ」とは、14歳の少女の名前なのである。14歳の少女に「アメリカ・ビクーニャ」なんていう名前をつけるとは!と思う。 私がここから連想したのは、創世記24章であった。 そこで、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓った。僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町…

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』から「わたしがお前をどれほど愛していたか、神様だけがご存知だ」

「わたしがお前をどれほど愛していたか、神様だけがご存知だ」

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』と「ラーハム=子宮から広がる思いやり」

…議でないどころか、あって当然だろうとさえ思ってきたのだが、元々の言葉にこういった説明がなされているものがあると知って、ますます面白いと思った。 ダニエル書の「憐れみと赦しは主である神のもの」(9:9)の「憐れみ」と訳された言葉も、この「ラーハム」のようだ。 彼女の産着の匂いのせいで彼の内に秘められていた母性本能が目覚めた。(ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』) ここで言われている「彼」とは、フロレンティーノ・アリーサのことである。男性である。そしてこの物語の主人公である。

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』からティリッヒ神学へ

…ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』) この場面を読んで、ティリッヒの言う「同一性と差異性の同一性」が三位一体の神に根拠をおいていたのだ、と理解した。 父、子、聖霊という全く相容れないものが、それぞれでありながら、神の中で一つとなっている。 全く相容れないものが一体となる。聖書に記された結婚の奥義はここにある。それ故、男と女でなければならないのだ。 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。(創世記1:27) もっとも遠いと思われ…

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』とローマ人への手紙7章1~4節

…ルシア・マルケスの『コレラの時代の愛』の一節を思い浮かべた。 先ず、ローマ人への手紙から引用する。 それとも、兄弟たちよ。あなたがたは知らないのか。わたしは律法を知っている人々に語るのであるが、律法は人をその生きている期間だけ支配するものである。すなわち、夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって彼につながれている。しかし、夫が死ねば、夫の律法から解放される。であるから、夫の生存中に他の男に行けば、その女は淫婦と呼ばれるが、もし夫が死ねば、その律法から解かれるので、他の男…

どこに愛があるというのか!ーガルシア・マルケス『百年の孤独』5

…たちは神に背きました。(ダニエル書9:9) あぁ、やはり『百年の孤独』は「どこに愛があるというのか!」であったと思う。 しかし、『コレラの時代の愛』は「ここに愛がある!」なのだ。 けれど、『コレラの時代の愛』が「ここに愛がある!」だとしても、そんなに甘いロマンチックなものではないのだ。むしろ『百年の孤独』よりも詳細を論述するのが憚られるような凄まじい内容だと言えるだろう。 これは、ガルシア・マルケスの信仰告白に等しいのである。私などが書き切ることが躊躇われるようなものなのだ。

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』からアスパラギン酸へ

…ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』) 体内のアンモニアの排泄に関わっているアミノ酸は、アスパラギン酸、グルタミン酸、アルギニンのようだ。また、「アンモニア分子は窒素を中心とする四面体構造を取って」いる(ウィキペディア)ので、体内の窒素代謝とアンモニアの代謝は深く関わっていると思われる。窒素バランスをコントロールしているのが、バリンである。これらの栄養素が働いて、体内のアンモニアは肝臓で無毒化され、哺乳類では尿素に変換された上で貯蔵、排泄される(ウィキペディア)。 アンモニ…

アルギニンとリジン(リシン)の含有比から考える口唇ヘルペス

myrtus77.hatenablog.com以下の内容は私の思考過程のものであり間違いが含まれているかも知れません。 口の周りに何かポツっと突き出て、触ると痛い。口唇ヘルペスだな、と思う。中村丁次=著『栄養成分バイブル』には、リジンは「単純疱疹(ヘルペス)を解消します」と書かれている。サイドにリンクしている『アミノ酸白書』には、「口唇ヘルペスなどの原因になるヘルペスウィルスは体内のアルギニンを使って増殖する性質があるため、ヘルペスが出ているときはアルギニンを摂取しすぎないよ…

死と同じくらいに自分ではどうすることも出来なかったーマルケス断章

…ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』) 自分には愛がないと気付いたのは、中三の秋だった。自ら告白してつき合いだした人の、顔を見るのも嫌になったのだ、半年も経たないうちに。 何があったというわけでもない。例えば夏休みに、京都に哲学の道というのがあると言って出かけ、旅先から毎日葉書を送って寄こす。部活でテニスに明け暮れている私に、(いつもはバカにしているように思えるかも知れないけれど、部活に打ち込んでいる姿に)本当は憧れているんです、等と書いて。 私は小学生の頃からスポーツ根性…

「知る」ということーマルケス断章

…るのだと思わされる。 私の母のように夫の暴力から自分と娘を守るために逃げなければならないというような場合は別として、男と女が(最近は男と男が、あるいは女と女がという場合もあると思うが、いずれにせよ)、お互いを知るためには生涯をかける必要があるのだと私は思う。 そしてそのためには、キリストに伴っていただくということが必要なのだ、罪に堕ちて、愛することも知ることも難しくなってしまった私たち人間には。 ガルシア・マルケスが『コレラの時代の愛』で描き出しているのはそういうことである。