ステーキの調理は、基本的に肉に塩をまぶして焼くだけです。究極にシンプルな調理法ですが、これが実に難しい作業です。肉料理の多いフランス料理界では、「焼き肉師」が大切にされ、「焼くことはきわめてデリケートな仕事であり、霊感にも近い勘を必要とする」ともいわれています。
肉は加熱することによって物理的・化学的な影響を受け、その結果、肉のテクスチャーや風味が変化します。筋原線維タンパク質の主たる構成成分であるミオシンは五五℃、アクチンは七〇~八〇℃で凝固するといわれており、筋全体としては、六五℃付近から収縮を始めます。そのため、七〇℃以上で加熱すると、これらの筋原線維タンパク質の網目状構造に保持されていた水が筋肉の収縮によって押し出され、保水性が低下し、肉の重さは二〇~四〇%減少します。その反対に、結合組織は加熱前はかたくて噛み切れませんが、六〇℃以上で長く加熱すると、結合組織のコラーゲン線維の三本鎖らせん構造がほぐれてやわらかいゼラチンへと変化します。
つまり、ステーキを焼く過程には「加熱しすぎると肉の線維がかたくなりすぎ、加熱不足であってもコラーゲンが分解せずにかたい」という“温度のジレンマ”があります。この肉をやわらかくするための加熱温度の調整の難しさが、霊感が必要といわれるおもな要因となっています。筋原線維がかたくならず、コラーゲンが分解しやすい六〇~七〇℃付近で、長めに加熱する条件が、肉のやわらかさを引き出す最適解であるといえます。(石川伸一=著『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)より)
成分表の(生)のところを見て、牛肉は輸入牛でも亜鉛とナイアシンとの比ではナイアシンの方が僅かに上になると考えていたのだが、焼いた物では亜鉛の含有量も上がり、ナイアシンとの比率でも僅かだが亜鉛の方が多くなることが解った。
それで、手頃な値段のアンガス牛がさらに値引きされる頃に買い物に行って、週に一度程度アンガス牛を献立に入れることにした。塩であっさり(と言っても私は生焼けが苦手なので強火でガーガー)焼いて食べていたのだが、硬い!
「やっぱり和牛でないと硬いね」等と言いながら食べていたのだが、ある時、他の料理にかかっていて、お肉を焼く方に手がかけられなくて、弱火にして蓋をして放っておいたのを食べたら、「今日の、柔らかい!」ということがあった。それで、「あぁ、石川先生!」と思って、『料理と科学のおいしい出会い』を取り出してきた。
すね肉などの混ざったスーパーの角切り肉もシャトルシェフで時間をかけて煮込むと柔らかくなっている。これも、アクチンとミオシンとコラーゲンのゼラチン化のバランスなんだな。
そうそう、前にここのところを頭に思い浮かべて、アトピーの娘に、「お湯で顔を洗うとセラミドもとけて良くないらしいよ。筋肉とかコラーゲンなんかも融けるのに温度が関係するらしいから」と言うと、「それはお肉を焼くときのこと言ってんでしょ!」と言われたことがあった。見透かされてたな。
“おいしく”調理できている、“おいしい”料理には、私たちの経験上で感じる“おいしい”音があります。反対に、音に何か違和感を感じる場合、その音が調理や料理に何か問題があるというシグナルになっているのでしょう。
— 石川伸一 Shin-ichi ISHIKAWA (@yashoku_nikki) 2018年6月9日
それがわかる自作動画がこちらです。 pic.twitter.com/6aR8Qt6jak